元駐在員の妻、略して元駐妻。そんな私が料理講師に転身してブログを立ち上げました。


波乱万丈の海外生活や料理に関することを中心に、皆さまにお役に立てる情報をお届けしていきたいと思います。拙い文章で更新ものんびりですが、どうぞゆっくりとご覧になってくださいね♪

12年間の駐妻生活と8年間の単身赴任生活

約12年間、夫の海外駐在に家族で帯同。単身赴任や帰国を繰り返し、一言では語れない波乱万丈な生活を送ってきたんです。どこの国でどのくらい住んでいたかと言うと…

  • ブラジル・サンパウロ→1年間
  • メキシコ・プエブラ→3年間
  • メキシコ・メキシコシティ→2年間
  • アメリカ・アトランタ→2年間
  • 日本・愛媛県(私と子供)・エルサルバドル(単身赴任)→3年間
  • 中国・上海→4年間
  • 日本・東京(私と子供)→~現在(夫は1年間
  • メキシコ・イラプアト(単身赴任)→5年間
  • 2019年3月末、日本・東京に本帰国(夫)



見るだけで疲れちゃいそうですが…^^;


国も違えば言語も違う!


幼い3人の子供たちを連れての海外生活は苦労の連続、本当に大変でした。まあ、楽しいこともたくさんあったんですけどね♪ 今となってこそ言える部分もあるかなぁ。


帰国子女として育ってきた3人の子供たちも大人になり、それぞれの本音が聞けるのも親として、また感慨深いものがあるんです。


そんな我が家の波乱万丈の物語。もう少しだけ詳しくお話していきますので、ご興味のある方はどうぞお付き合いくださいませm(__)m

ブラジル・サンパウロ→1年間

我が家にとって初めての海外生活は、なんとブラジル!

  • 地球の裏側
  • 日本から最も遠い国
  • サンバ
  • コーヒー
  • サッカー



とまあ、こんなイメージしかなかった国の言語はポルトガル語。これもまた驚きの1つでした。だってね、まったく知らない聞いたこともないような言葉だったんですもんね。


そして最も重大な情報は、
治安が悪い! 最悪! 世界一悪い!
と当時は言われていたんです。


詳しくはこちらの記事をご覧になってくださいね♪
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そして我が家の子供たちは当時、

  • 長男→4歳
  • 次男→2歳
  • 長女→0歳

もう思い起こせないほど大変な時期でした~(´;ω;`)ウゥゥ


こんな遠いところまで来てしまっては、そう簡単には帰ることはできません。もうやっていくしかなかったんです。初めての幼稚園もココでした。大変だったことを思い出し、少しでも誰かのお役に立てればなと思い記事にしてみました。


ご興味のある方はご覧になってくださいね♪ お時間のない方はスルーしちゃってくださいね♪
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とそんな感じで過ごしたブラジル・サンパウロ生活だったんですが、そう長くはありませんでした。


ようやく少しづつ慣れてきたかな、というところで次の転勤先を告げられてしまい、夫は1年半、家族は1年間という短いブラジル生活の幕は閉じてしまいました。

メキシコ・プエブラ→3年間

プエブラの風景



家のすぐそばの小さなお店には随分とお世話になりました♪



次に告げられた転勤先は、なんとメキシコ!


当時、約20年前、

  • メキシコなんてまったく興味のない国
  • どこに位置しているか
  • どんな言葉を話してるか
  • 有名なものは何?



そんなことすら考えもしなかったような場所…。


しかも、日本人駐在員はどこを見渡してもいない(後に1家族だけいることを知る)、日本人にすらほぼ出会うことはない、メキシコのプエブラという町。


絶望的な環境ではあったんだけど、どこかワクワク感もあったような気がしないでもないんですね^^; まあ、基本はのんびり、ゆっくりなんですが、ときどきチャレンジャーな私の性格的なものが、そう感じさせたんでしょうね^^;


で、そんなメキシコでの言語はスペイン語! ポルトガル語に続きまったく知らない言葉。どんだけ言葉に興味ないんでしょう…^^;


しかしそんな私ですら、何かしゃべらなくては生活できません。一生懸命覚えましたよ♪ まずは、挨拶からでした。この挨拶ってのがとても大事で、逆に挨拶ができると何とかなる、という感覚すらありましたね。


メキシコ、プエブラで私が一生懸命覚えたスペイン語での挨拶。わかりやすく記事にしてみました♪ 知っておいて損はないと思いますので、ぜひご覧になってくださいね♪
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住めば都、プエブラ生活にもすっかり慣れた頃、またまた異動の話が…。

メキシコ・メキシコシティ→2年間




今回の異動はメキシコ国内、プエブラからメキシコシティへの引っ越しでした。が、やっぱり日本国内の引っ越しとは訳が違います!


いや~、大変でした…。本当に大変でした…。


引っ越し自体は引っ越し業者がやってくれるので、まあそれはいいんですが…。


本当に大変だったことは、家探し! そうなんです。自分たちで家探しから何から何まですべてやったんですよ~!


その経験を踏まえ、メキシコでの家探しのポイントを以下の記事で詳しくお伝えしています。海外赴任をされる方には参考になる部分もあるかなと。よかったらご覧になってくださいね♪
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最初に暮らしたブラジルは、世界一治安が悪い! と言われてたけど、メキシコもまた負けず劣らず治安の悪い国だったんです。私たち家族にとっては想像を絶するものでした…。


メキシコ生活の中で実際に体験したことをありのままに綴ってみました。決して誇張しているわけではなく、むしろ書ける範囲のことを記事にしています。


特にメキシコや中南米に行かれる方にはぜひご覧になっていただきたいな、と思っています。
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こうして困難を乗り越えながらのメキシコ生活は5年間にも及んだのでした。


でもね、メキシコという国は悪いところばかりではないんですよ♪

  • メキシコ人は明るくてノリがイイ♪
  • 気候は良いし
  • 食べ物は美味しい!



食べることが大好きな私にとって、本場のメキシコ料理を深く知ることができたのは本当にラッキーでした♡ 見たこともないような食べ物。日本では出会えない味。もう夢中になって毎日のように食べたタコス♪


いつの間にか虜になっていたんです(笑)


そんな私が、大好きなメキシコ料理のことを記事にしています。私が現地で食べたものを画像付きでご紹介していますので、ぜひご覧になってくださいね♪ 少々マニアックかもしれませんが…^^;
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ついでにタコスの皮についての記事も合わせてご覧になってくださいね♪
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生活は決して楽ではなかった、イヤ、苦労の連続だったけど、やっぱりメキシコは大好き♡


そんな慣れ親しんだメキシコともお別れのときがやってきました。またまた次の異動を告げられたのです…。

アメリカ・アトランタ→2年間

フロリダのディズニーワールドにて♪



ついにやってきました~ヾ(*´∀`*)ノ

  • ココはアメリカ!
  • 誰もが知っている
  • 一度は行ってみたいと憧れる☆



最初はワクワクしましたよ♪ これまでが大変な国、苦労の連続でしたからね。きっと素晴らしい暮らしが待っているに違いない!




…なんて思ったのも束の間…。




私たち家族はすっかりラテン系の体質になっていたのです…。そうなんです、便利過ぎるアメリカの暮らしよりも、何が起こるかわからない

明日は明日の風が吹く♪



そんな中南米の暮らしの方が合っていたみたいなんですね^^;


アメリカのリビングには暖炉がありました♪



誕生日には手作りケーキでお祝い♪



次男の9歳のバースデー♪



便利なアメリカ生活で困ったことと言えば、やっぱり言葉かな。


メキシコで3人の子供たちは皆スペイン語の中で生活をしていたので、英語という言葉の壁にぶつかってしまったのです。


当然のことながらもれなく私もぶつかってしまいましたよ。でもまあ、現地校に通わざるを得ない子供たちとは違って、私は適当に何とかなったんですけどね…^^;


そんな適当な英語で生活を乗り越えた私の経験を記事にしてみました♪ 英語に自信のない方の参考になれば嬉しいな♪ ぜひご覧になってくださいね♪
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英語という言葉以外では苦労らしい苦労はなかったアメリカ生活。穏やかに暮らしていたある日、またまた異動の話が…。


次なる国とは、なんと、


エルサルバドル!


エ・ル・サ・ル・バ・ド・ル? ん、どこ…?

日本・愛媛県(私と子供)・エルサルバドル(単身赴任)→3年間

中米のエルサルバドルは四国くらいの大きさ



アメリカからの次なる異動は、中米の小さな国、エルサルバドルだったんです。そうなんです、またラテンに舞い戻ることになったんですよ♪


しかし色々な問題が起こり家族帯同は難しく、私と子供たちは日本へ帰るという選択を余儀なくされてしまったんです。今でもやっぱり、一緒に行きたかったなあ…、という思いは消えないんですよね。

しかしそれは運命!
きっと何か良い方向へ進んでいくんだ!



そう言い聞かせながら、私たちは日本の実家へ、夫はエルサルバドルでの単身赴任生活が始まったのでした。


久しぶりの日本の生活はやはり快適♪ 当然ながら言葉の苦労なんてあるはずもなく…、と思っていたのはどうやら私だけだったようで…。


3人の子供たちは、初めて通う日本の学校に戸惑いを隠せませんでした。


中学生になったばかりの長男にとって、漢字だらけの教科書を読むということが困難で、理解をするようになるまではかなり時間がかかったんじゃないかな…。


英語だけはできると思いきや、


「コレは違う、こんなのおかしい!」


と日本の英語教育が理解できなかったようなんです。


でもまあ、母国日本、生活にはすぐに慣れ、すっかり私のド田舎の実家の方言までマスターしちゃいました^^; 子供って言葉を覚えるのは速いな。ホント、羨ましい限りです…。


でもね、言葉を忘れるのも速いんです。せっかく身につけたスペイン語や英語を忘れてしまうのはもったいない! と思った私は、子供たちには何とかそれを保持してもらいたくて、良い方法はないものかと考えたんです。


ここでお話しすると長くなっちゃいそうなので、以下の記事にまとめてみました。もし、お子さまの英語教育にお悩みでしたら、覗いてみてくださいね♪
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その甲斐あってか子供たちは皆、語学を武器に戦えるまでになったんです。(←ちょっと大袈裟かな^^;)




あ、そうそう、夫の話題も出さなくてはね(笑)




初めての単身赴任生活。何が一番大変だったかって聞くと、

  • エルサルバドル、めちゃめちゃ治安が悪い!



という答え。


ん、だってこれまでも治安の悪い国は経験済みだけど…。


そうなんです、ブラジルよりもメキシコよりも治安が悪いと言われ、私たち家族は帯同を断念したんですよね…。やっぱり治安が悪かったんだ…。日本に帰って正解だったのね。


でもね、お父さんが家族のために一生懸命働いている場所を子供たちにも見せたくて、夏休みにはエルサルバドルに遊びに行っちゃいました♪


エルサルバドルで夫が住んでいたアパートからの眺め



お調子者の次男です(笑)



夫がいる会社の敷地内で立派なパイナップル発見!



パパイヤの木もたくさんあったよ♪



娘とパパイヤ♪



次男とバナナ♪



カシューナッツの木! 赤い実の下についてるのがカシューナッツです♪



恐らくもう行くことはないであろうエルサルバドル。良い経験になったんではないかな。ちなみに私は2回も遊びに行きました♪


そんなこんなで2年半という月日が流れ、もうそろそろかなと、引っ越し虫がウズウズしていたころ、またまた異動の話が…。


いつものように子供たちを召集して次なる行き先を発表です! もう慣れっこになったはずなのにドキドキするんですよね💓




さあ、お次は!




ジャジャーン! 上海でーす!




なんとまさかの初アジア圏、中国の上海でまた家族で暮らすこととなったのです♪ だけど子供たちは大反対、「イヤだ!行きたくない!」すっかり日本が気に入ってしまい離れたくなかったのです…。どうなることやら…^^;

中国・上海→4年間

執筆中ですのでもうしばらくお待ちくださいね♪